菜根譚 後集 051条-100条(漢文、読み仮名、現代語訳)

ここでは菜根譚の後集 051条から100条 の漢文、読み仮名、現代語訳を紹介します。


後集_051


髪落歯疎
任幻形之彫謝
鳥吟花咲
識自性之真如
髪落ちて歯疎らにして
幻形の彫識に任せ
鳥吟じ花咲いて
自性の真如を識る
髪は抜け落ち 歯はまばらになったら
肉体の衰えにまかせよ
小鳥が歌い 花が咲いたら
自性があるがままで 真実であることがわかる

後集_052


欲其中者
波沸寒潭
山林不見其寂
虚其中者
凉生酷暑
朝市不知其喧
そのなかを欲にすれば
波、寒潭に沸き
山林もその寂を見ず
そのなかを虚にすれば
凉、酷暑に生じ
朝市もその喧を知らず
欲でいっぱいの人は
心の中がたえず波立っていて
山林にいてもその静けさがわからない
なんの欲念もない人は
酷暑でも涼しさが生じ
騒がしい町中でもうるさいと感じない

後集_053


多蔵者厚亡故知
富不如貧之無慮
高歩者疾顛故知
貴不如賤之常安
多く蔵するものは厚く亡うゆえに知る
富は貧の慮りなきにしかざるを
高く歩むものは疾く顛るゆえに知る
貴は賤のつねに安きにしかざるを
財産が多ければ失う心配も大きい
だから貧乏な方が気苦労がなくていい
地位が高ければ失脚も早い
だからヒラの身分の方が平安を保てる

後集_054


読易暁窓
丹砂研松間之露
談経午案
宝磬宣竹下之風
易を暁窓に読んで
丹砂を松間の露に研ぎ
経を午案に談じて
宝磬を竹下の風に宣ぶ
明け方の窓辺で易経を読み
松のしずくを受けて 朱墨をすっては句読をきる
昼の机で経書を説き
磬石を打っては 竹林の風に響かせる

後集_055


花居盆内
終乏生機
鳥入籠中
便減天趣
不若山間花鳥
錯集成文
翺翔自若
自是悠然会心
花、盆内に居れば
ついに生機に乏しく
鳥、籠中に入れば
すなわち天趣を減ず
しかず、山間の花鳥
錯わり集まりて文を成し
翺翔自若
おのずからこれ悠然として会心なるには
花も植木鉢に植えると
ついには生気がなくなり
小鳥もかごに入れると
野趣がなくなる
山間の花や小鳥が
混じりあって色取りを添え
思い思いに飛び交って
いかにも伸び伸び楽しげである方がよい

翺:こう

後集_056


世人
只縁認得我字太真
故多種種嗜好
種種煩悩
前人云
不複知有我
安知物為貴
又云
知身不是我
煩悩更何侵
真破的之言也
世人
ただ我の字を認めうることはなはだ真なるに縁って
ゆえに種々の嗜好
種々の煩悩多し
前人云う
「また我あるを知らざれば
いずくんぞ物の貴しとなすを知らん」
また云う
「身はこれ我ならずと知らば
煩悩さらになんぞ侵さん」
真に破的の言なり
世間の人々は
ただ「俺が俺が」ということに余りにも真剣にとらわれ過ぎているから
色々な好みや煩悩が多いのだ
前時代の人は言った
「俺が俺がという自意識がなければ
どうして物が貴いなどと知るあろうか」
また言った
「身体が我ではないことをわきまえたならば
煩悩がどうしてつけこむことがあろうか」と
本当に見抜いた名言である

後集_057


自老視少
可以消奔馳角逐之心
自瘁視栄
可以絶紛華靡麗之念
老より少を視れば
もって奔馳角逐の心を消すべし
瘁より栄を視れば
もって紛華靡麗の念を絶つべし
いずれ老いることを考えて若さを眺めると
駆け回って競争する心持を消すことができる
いずれ落ちぶれることを考えて栄華を眺めると
うわべの華やかさを求める気持ちを断つことができる

後集_058


人情世態
倏忽万端
不宜認得太真
堯夫云
昔日所云我
而今却是伊
不知今日我
又属後来誰
人常作是観
便可解却胸中罥矣
人情世態
倏忽万端
よろしく認めえてはなはだ真なるべからず
堯夫云う
「昔日われと云うところ
而今かえってこれかれ
知らず今日のわれ
また後来のたれにか属せん」
人、つねにこの観をなさば
すなわち胸中のけんを解却すべし
人情や世相は
たちまちにして様々に移り変わるから
あまりにも真剣に考えすぎない方がよい
北宋の堯夫が言った
「昔日に述べた我は
今では他人である
今日の我が
また後日には誰なのかわからない」
人は常にこのような見方をすれば
胸中のわだかまりを解くことができる

罥:けん

後集_059


熱閙中
着一冷眼
便省許多苦心思
冷落処
在一熱心
便得許多真趣味
熱閙のうちに
一冷眼を着くれば
すなわち許多の苦心思を省く
冷落のところに
一熱心を在すれば
すなわち許多の真趣味を得
熱気のあふれる時に
冷静に見つめられれば
どれほどか辛い思いをしなくてもすむ
冷え切った時に
情熱さえあれば
どれほどか真の醍醐味を味わう

後集_060


有一楽境界
就有一不楽的相対待
有一好光景
就有一不好的相乗除
只是尋常家飯
素位風光
纔是個安楽的窩巣
一の楽境界あれば
すなわち一の不楽の相対待するあり
一の好光景あれば
すなわち一の不好の相乗除するあり
ただこれ尋常の家飯
素位の風光
わずかにこれ個の安楽の窩巣なり
楽しい境地があるだけ
楽しくない境地がつきまとう
好いことがあると
その分、好くないことがある
ありふれた食事
あるがままの境遇でこそ
安楽な住み家である

後集_061


簾槞高敞
看青山緑水呑吐雲煙
識乾坤之自在
竹樹扶疎
任乳燕鳴鳩送迎時序
知物我之両忘
簾槞高敞
青山緑水の雲煙を呑吐するを看て
乾坤の自在なるを識り
竹樹扶疎
乳燕鳴鳩の時序を送迎するに任せて
物我のふたつながら忘るるを知る
高楼のすだれ窓からは見晴らしがよく
青い山や緑の河が雲や霞を飲み込んでは吐き出すのを見ると
天地の自在さがわかる
竹や木が枝葉を茂らせて
乳やる燕、鳴く鳩が季節を送り迎えしているのにまかせていると
物と我との両者をすっかり忘れていることがわかる

後集_062


知成之必敗
則求成之心
不必太堅
知生之必死
則保生之道
不必過労
成の必ず敗るるを知らば
成を求むるの心
必ずしもはなはだ堅からず
生の必ず死するを知らば
生を保つの道
必ずしも過労せず
出来上がったものは必ず壊れることをわきまえれば
出来上がることを求める気持ちは
必ずしも さほど強くはならない
生きものは必ず死ぬことをわきまえれば
長生きの方法については
必ずしも過度に苦労することはない

後集_063


古徳云
竹影
掃堦塵不動月輪
穿沼水無痕
吾儒云
水流任急
境常静
花落雖頻
意自
人常持此意
以応事接物
身心何等自在
古徳云う
「竹影
堦を掃って塵動かず月輪
沼を穿って、水に痕なし」
わが儒云う
「水流、急に任せて
境つねに静かなり
花おつること頻りなりといえども
意おのずから里覆蝓
人、つねにこの意を持して
もって事に応じ物に接すれば
身心なんらの自在ぞ
ある高僧が言った
竹の影が
風に揺れるときに階段を履いているが埃は立たない
月影が沼に映り深く差し込んでいるが波紋は起きない
ある儒者が言った
水の流れは急であるが
あたりは静かだ
花はしきりに舞い散っているが
心はおのずとのどかだ
いつもこのとうな気持ちで
物事に接していけば
どんなに自由なことか

堦:かい

後集_064


林間松韻
石上泉声
静裡聴来
識天地自然鳴佩
草際煙光
水心雲影
涼羇儺
見乾坤最上文章
林間の松韻
石上の泉声
静裡に聴き来たって
天地自然の鳴佩を識る
草際の煙光
水心の雲影
涼罎亡儺遒辰
乾坤最上の文章を見る
林にさわぐ松風のひびき
岩を流れる泉の声は
静かに聞き入ると
天地自然の音楽であることがわかる
野の果てにたなびくかすみ
水に映る雲の影は
のどかに見入ると
天地の最上の絵画であることがわかる

後集_065


眼看西晉之荊榛
猶矜白刄身
属北邙之狐兎
尚惜黄金
語云
猛獣易伏
人心難降
谿壑易満
人心難満
信哉
眼に西晉の荊榛を看て
なお白刄を矜る身は
北ぼうの狐兎に属して
なお黄金を惜しむ
語に云う
「猛獣は伏しやすく
人心は降しがたし
谿壑は満たしやすく
人心は満たしがたし」
信なるかな
西晉の廃墟を目にしながら
なお武力を誇り
北邙に葬られて狐や兎の餌となる身なのに
なお黄金を惜しんでいる
古語に
「猛獣をやっつけるのは易しいが
人の心を抑え込むのは難しい
深い谷を埋め尽くすのは易しいが
人の心を満たすのは難しい」と言う
その通りである

邙:ぼう

後集_066


心地上無風濤
随在
皆青山緑樹性天中
有化育
触処
見魚躍鳶飛
心地の上に風濤なければ
随在
みな青山緑樹性天のうちに
化育あれば
触処
魚躍り鳶飛ぶを見る
心に波風がなければ
どこにいても
いつも青い山々や緑の木々に囲まれた心境だ
この本性に生育する働きがあれば
どこででも
魚が躍り鳶(とび)が飛ぶ 生意を見ることができる

性天:自分の本来の生命。

後集_067


峨冠大帯之士
一旦睹軽蓑小笠
飄飄然逸也
未必不動其咨嗟
長筵広席之豪
一旦遇疎簾浄几
悠悠焉静也
未必不増其綣恋
人奈何駆以火牛
誘以風馬
而不思自適其性哉
峨冠大帯の士
一旦、軽蓑小笠
飄々然として逸するを睹れば
いまだ必ずしもその咨嗟を動かさずんばあらず
長筵広席の豪
一旦、疎簾浄几
悠々焉として静かなるに遇えば
いまだ必ずしもその綣恋を増さずんばあらず
人、いかんぞ駆るに火牛をもってし
誘うに風馬をもってし
而してその性に自適するを思わざるや
礼装を身につけた士人も
ふと、軽装の庶民や漁師が
気楽に過ごしているのを見て
羨ましいと思わないでもなかろう
豪華な敷物の上で暮らしている富豪も
ふと、竹やすだれの下、小奇麗な机で読書している人が
悠然と静かに過ごしているのを見て
慕わしい気持ちを起こさないでもなかろう
世人はどうして 尻尾に火をつけた牛を駆り立てるように
さかりのついた馬を誘い寄せるように
功名富貴にあくせくして 人間らしい生活を楽しもうと思わないのであろうか

後集_068


魚得水逝
而相忘乎水
鳥乗風飛
而不知有風
識此
可以超物累
可以楽天機
魚は水を得て逝き
而して水に相忘れ
鳥は風に乗じて飛び
而して風あるを知らず
これを識らば
もって物累を超ゆべく
もって天機を楽しむべし
魚は水中を泳いでいるのに
水中にいるとは知らず
鳥は風に乗って飛んでいるのに
風のことなど念頭にない
この道理を体得すれば
外物のわずらわしさを超越して
天地自然の妙趣を楽しめるだろう

後集_069


狐眠敗砌
兎走荒台
尽是当年歌舞之地
露冷黄花
煙迷衰草
悉属旧時争戦之場
盛衰何常
強弱安在念此
令人心灰
狐は敗砌に眠り
兎は荒台に走る
ことごとくこれ当年歌舞の地
露は黄花に冷やかに
煙りは衰草に迷う
ことごとく旧時争戦の場に属す
盛衰なんぞつねあらん
強弱いずくにかあるこれを念えば
人心をして灰ならしむ
狐がくずれた石段の上で眠り
野兎が荒れた楼閣の中を走り回っている
ここは昔、宮女が歌い舞った所だ
露が菊の花に滴り
霧が枯れ野に立ち込める
ここは昔の戦場だ
栄枯盛衰は一場の夢
強者も弱者も今はない、これを思うと
虚しさがこみあげてくる

後集_070


寵辱不驚
隆把軈芦岾花落
去留無意
漫随天外雲巻雲舒
晴空朗月
何天不可翺翔
而飛蛾独投夜燭
清泉緑卉
何物不可飲啄
而鴟鴞偏嗜腐鼠噫
世之不為飛蛾鴟鴞者
幾何人哉
寵辱驚かず
里に庭前の花開き花落つるを看る
去留意なく
そぞろに天外の雲巻き雲舒ぶるに随う
晴空朗月
いずれの天かこう翔すべからざらん
而も飛蛾はひとり夜燭に投ず
清泉緑卉
いずれのものか飲啄すべからざらん
而も鴟きょうはひとえに腐鼠を嗜む
ああ、世の飛蛾鴟きょうたらざるは
いくばく人ぞや
賛辞や侮辱に一喜一憂することなく
庭先の花の咲く姿、散る姿を静かに眺めている
出世も左遷も気にしない
富貴は空に浮かぶ浮雲のようなものだから
この広々とした大空は
どこでも自由に飛び回れるのに
蛾はわざわざ灯火に飛び込んで焼け死ぬ
清らかな水、緑の草
飲む物、ついばむものはいくらでもあるに
烏はわざわざネズミの腐肉を食べたがる
ああ世間には蛾や烏でない人が
何人いるのだろうか

翺:こう
鴞:きょう

寵:尊い名誉をもらう、誉められること。
辱:はずかしめられること。

後集_071


纔就筏
便思舎筏方
是無事道人
若騎驢又復覓驢
終為不了禅師
わずかに筏に就いて
すなわち筏を舎てんことを思う
まさにこれ無事の道人
もし驢に騎ってまたまた驢を覓むれば
ついに不了の禅師とならん
筏に乗ったら
筏は乗り捨てるもの
この道理のわかる人は悟った人だ
ロバに乗っていながらそのロバを探す
こうゆう人はいつまでたっても悟れない

後集_072


権貴竜驤
英雄虎戦
以冷眼視之
如蟻聚羶
如蠅競血
是非蜂起
得矢蝟興
以冷情当之
如冶化金
如湯消雪
権貴竜驤し
英雄虎戦す
冷眼をもってこれを視れば
蟻の羶に聚まるがごとく
蠅の血に競うがごとし
是非蜂起こし
得矢蝟興す
冷情をもってこれに当たれば
冶の金を化するがごとく
湯の雪を消すがごとし
権門貴顕は竜のごとく立ち躍り
英雄豪傑は虎のごとく戦う
冷静な目で見ると
蟻が生臭いものに群がり
蠅が血にたかるようなものだ
よしあしの議論は 蜂の群がるように起こり
利害得失は はりねずみの毛のように一斉に起こる
冷静な心であたると
鋳型に金属を溶かし
湯が雪をかき消すようなものだ

後集_073


覊鎖於物欲
覚吾生之可哀
夷猶於性真
覚吾生之可楽
知其可哀
則塵情立破
知其可楽
則聖境自臻
物欲に覊鎖さるれば
わが生の哀しむべきを覚ゆ
性真に夷猶すれば
わが生の楽しむべきを覚ゆ
その哀しむべきを知れば
塵情立ちどころに破れ
その楽しむべきを知れば
聖境おのずから臻る
物欲にしばられると
我が人生がうら悲しく思われる
自然の本性に安んずると
我が人生が楽しく思われる
人生がうら悲しいことを悟れば
世俗的な欲望はすぐさま消え去る
人生が楽しいことを悟れば
自然に聖者の心境が実現する

後集_074


胸中既無半点物欲
已如雪消炉焔
氷消日
眼前自有一段空明
時見月在青天
影在波
胸中すでに半点の物欲なければ
すでに雪の炉焔に消え
氷の日に消ゆるがごとし
眼前おのずから一段の空明あれば
時に月青天にあり
影波にあるを見る
心にひとかけらの物欲もないということは
もはや雪がいろりの火に溶け
氷が日の光に消えたように すっかりないことだ
目の前が ぱっと明るいということは
月が夜空に輝き
その影が波に映っているように すっかり明るいということだ

半点:ちょっと。

後集_075


詩思在覇陵橋上
微吟就
林岫便已浩然
野興在鏡湖曲辺
独往時
山川自相映発
詩思は覇陵橋上にあり
微吟就るとき
林岫すなわちすでに浩然たり
野興は鏡湖曲辺にあり
ひとり往く時
山川おのずから相映発す
詩情は覇橋のほとりで湧く
詩興がおこる時
木々や山並みは広大な題材となる
大自然の趣は鏡湖のほとりにある
そこへ一人で行けば
山川の照り映える美しい景色を味わえる

後集_076


伏久者
飛必高
開先者
謝独早
知此
可以免蹭蹬之憂
可以消躁急之念
伏すこと久しきは
飛ぶこと必ず高く
開くこと先なるは
謝することひとり早し
これを知らば
もってそうとうの憂いを免るべく
もって躁急の念を消すべし
長く伏せていた鳥は
飛び立つと 必ず高く飛ぶ
早く開いた花は
まっさきに散る
このことをわきまえれば
中途でふらつく心配を免れるし
あわてふためく気持ちを消せる

蹭蹬:そうとう

後集_077


樹木至帰根
而後知華萼枝葉之徒栄
人事至蓋棺
而後知子女玉帛之無益
樹木は根に帰するに至って
而る後に華萼枝葉の徒栄なるを知り
人事は棺を蓋うに至って
而る後に子女玉帛の無益なるを知る
樹木も根ばかりになってみて
はじめて 花や枝葉がそのときだけの繁栄であったことがわかる
人生も棺桶のふたをする時になってみて
子供や財宝が役に立たないことがわかる

後集_078


真空不空
執相非真
破相亦非真
問世尊如何発付
在世出世
狗欲是苦
絶欲亦是苦
聴吾儕善自修持
真空は空ならず
執相は真にあらず
破相もまた真にあらず
問う、世尊はいかにか発付する
在世出世
欲にしたがうもこれ苦
欲を絶つもまたこれ苦
わが儕がよくみずから修持するを聴け
形ある物に惑わされなくなったからといって
ものの本質を見抜けるとはかぎらない
事物の外形にとらわれていては、ものの本質は見えてこない
釈尊、この道理の意味するところは?
身は俗世にあっても
超俗の心を持て
あくせく私欲に走るのも苦痛であるが
一切の欲望を断つのも苦痛である
どう折り合うかはひとえに各人の修養しだいだ

狗:じゅん

執相:手に入れていないものを欲しがる。

後集_079


烈士譲千乗
貪夫争一文
人品星渕也
而好名
不殊好利
天子営家国
乞人号饔飧
位分霄壤也
而焦思
何異焦声
烈士は千乗を譲り
貪夫は一文を争う
人品は星渕なり
而も名を好むは
利を好むに殊ならず
天子は家国を営み
乞人はようそんを号ぶ
位分は霄壤なり
而も思いを焦すは
なんぞ声を焦すに異ならん
義烈の士は千乗の国をも辞退するが
強欲な男は びた一文の銭をも争う
両者の人柄は星と渕ほどのへだたりがある
しかし名声を好む前者と
利を好む後者とは
好むことでは相違がない
天子は国家を治めるが
乞食は食べ物を叫ぶ
両者の地位は天と地ほどのへだたりがある
しかし天下万民のために心を苦しめる前者と
自分一人のために声を枯らす後者とは
思い悩むことでは相違がない

饔飧:ようそん

後集_080


飽諳世味
一任覆雨翻雲
総慵開眼
会尽人情
随教呼牛喚馬
只是点頭
飽くまで世味を諳んずれば
覆雨翻雲に一任して
すべて眼を開くに慵し
人情を会し尽くせば
随って牛と呼び馬と喚ばしめて
ただこれ点頭す
人生の達人は
世情の移ろいに身を任せ
目を開けてみるのもおっくうがる
人情を知り尽くしているから
牛と言われようと馬と言われようと
ただうなずくばかりだ

後集_081


今人専求無念
而終不可無
只是前念不滞
後念不迎
但将現在的随縁
打発得去
自然漸漸入無
今人はもっぱら無念を求めて
而もついに無なるべからず
ただこれ前念滞らず
後念迎えず
ただ現在の随縁をもって
打発し得去れば
自然に漸々無に入らん
当節の人は もっぱら思慮することを無くそうと求めるが
結局は無くすことはできない
ただ過去の思慮はとどめることもなく
未来の思慮を迎えることもなく
ただ目の前に起こることを
処理できたならば
自然にだんだんと思慮から解放される

随縁:「縁」は間接的な力の働き、「随」は したがってという意味。
打発:処理できる、始末できる。

後集_082


意所偶会
便成佳境
物出天然
纔見真機
若加一分調停布置
趣味便減矣
白氏云
意随無事適
風逐自然清
有味哉其言之也
意の偶会するところ
すなわち佳境を成し
物は天然に出でて
わずかに真機を見る
もし一分の調停布置を加うれば
趣味すなわち減ぜん
白氏云う
「意は無事に随って適し
風は自然を逐うて清し」
味わいあるかなそのこれを言うや
心にぴったりということが
それこそ佳境であり
天然のままなものにこそ
心の妙趣を発現する
もし少しでも あれこれと作為を加えると
妙趣はすぐさま減ってしまう
白楽天は言った
「心は無事のままが楽しく
風は自然にまかせて吹くのがすがすがしい」
味わいのある言葉ではないか

後集_083


性天澄徹
即饑喰渇飲
無非康済身心
心地沈迷
縦談禅演偈
総是播弄精魂
性天澄徹すれば
すなわち饑えて喰い渇して飲むも
身心を康済するにあらざるはなし
心地沈迷せば
たとい禅を談じ偈を演ぶるも
すべてこれ精魂を播弄せん
心が澄んでいれば
空腹なら食べ喉が渇けば水を飲むという平凡な暮らしでも
心身を健全に保つことができる
だが心に迷いがあれば
たとえ禅を論じ偈を唱えていても
いたずらに頭を浪費させているだけだ

性天:自分の本来の生命。
澄徹:澄み切った状態。

後集_084


人心有個真境
非絲非竹
而自恬愉
不煙不茗
而自清芬
須念浄境空
慮忘
形釈纔得以
游衍其中
人心、個の真境あれば
絲にあらず竹にあらず
而しておのずから恬愉す
煙ならず茗ならず
而しておのずから清芬たり
すべからく念浄く境空しく
慮り忘れ
形釈くべしわずかにもって
その中に游衍するを得ん
人の心には真実の世界があるから
琴や笛を奏でなくても
音楽を楽しめる
香をたき茶をたてなくても
清らかな香りにひたれる
まず心を清くし 俗縁を捨て去り
思慮を忘れ 肉体からも解放されてこそ
はじめて この世界を楽しむことができる

念浄:不平や不満と取り除きさっぱりとすること。

後集_085


金自鉱出
玉従石生
非幻無以求真
道得酒中
仙遇花裡雖雅
不能離俗
金は鉱より出で
玉は石より生ず
幻にあらざればもって真を求むることなし
道を酒中に得
仙に花裡に遇う雅なりといえども
俗を離るることあたわず
金は鉱山から掘り出され
玉は原石を磨いて作られる
真実は幻の中から生まれるのだ
酒の場でこれはという人物に会うこともあれば
遊興の場で仙人に出会うこともある
高雅な事柄であっても凡俗を離れては生まれないのだ

後集_086


天地中万物
人倫万情
世界中万事
以俗眼観
紛紛各異
以道眼観
種種是常
何煩分別
何用取捨
天地中の万物
人倫中の万情
世界中の万事
俗眼をもって観れば
紛々おのおの異なるも
道眼をもって観れば
種々これ常なり
なんぞ分別を煩わさん
なんぞ取捨を用いん
天地の中のあらゆるもの
人倫の中のあらゆる心情
世界の中のあらゆる事柄は
世俗のまなこで見れば
千差万別であるが
真実のまなこで見れば
すべてが恒常である
何も識別する必要もなく
選択する必要もない

道眼:高く広い目で世間を見ること。

後集_087


神酣布被窩中
得天地冲和之気
味足藜羹飯後
識人生澹泊之真
神酣なれば布被窩中に
天地冲和の気を得
味わい足れば藜羹飯後に
人生澹泊の真を識る
粗末な布団でぐっすり眠ることができれば
天地の和やかな気配を感じとれる
粗末な食事に甘んずることができれば
あっさりとした暮らしの妙趣を味わえる

澹泊:あっさり、さっぱり。

後集_088


纏脱只在自心心了
則屠肆糟廛
居然浄土
不然
縦一琴一鶴
一花一卉
嗜好雖清
魔障終在
語云
能休塵境為真境
未了僧家是俗家
信夫
纏脱はただ自心にあり心了すれば
屠肆糟廛も
居然たる浄土
然らざれば
たとい一琴一鶴
一花一卉
嗜好清しといえども
魔障ついにあり
語に云う
「よく休すれば塵境も真境となり
未了なれば僧家もこれ俗家」
信なるかな
束縛されるのも解放されるのも自己の心一つにある
悟ってしまえば 肉屋や酒屋でも
そのままで極楽浄土である
さもないと
たとえ琴をひき 鶴を飼う隠者でも
花や草をめでる高士でも
その趣味は清らかだが
魔性はもとのままだ
語が言った
「俗界を捨て切れれば真世界となるが
悟れない僧侶は俗人のままである」
まことに その通りである

後集_089


斗室中
万慮都捐
説甚画棟飛雲
珠簾捲雨
三杯後
一真自得
唯知素琴横月
短笛吟風
斗室のうち
万慮すべて捐つれば
なんの画棟雲を飛ばし
珠簾雨を捲くを説かん
三杯の後
一真自得すれば
ただ素琴月に横たえ
短笛風に吟ずるを知るのみ
狭い部屋に住み
あらゆる執着を捨てよう
そうすれば豪華な邸暮らしなど
羨ましくなくなる
たった三杯の酒で
天地の真理を会得するなら
月下に琴を横たえ
風を迎えて笛を吹く楽しみがわかり
世俗の煩わしさが吹き飛んでしまう

後集_090


万籟寂寥中
忽聞一鳥弄声
便喚起許多幽趣
万卉摧剥後
忽見一枝擢秀
便触動無限生機
可見
性天未常枯槁
機神最宜触発
万籟寂寥のうち
たちまち一鳥の弄声を聞けば
すなわち許多の幽趣を喚び起こす
万卉推剥ののち
たちまち一枝の擢秀を見れば
すなわち無限の生機を触動す
見るべし
性天いまだつねに枯槁せず
機神最もよろしく触発すべきを
あらゆる音が静まりかえるとき
ふと一羽の小鳥が鳴く声が聞こえると
なかなかの幽玄な趣をおぼえる
あらゆる草花がしぼんだ後に
ふと一枝が抜き出て花を咲かせているのを見ると
限りない生命力に感動する
だから人間の本性は
いつも枯れきっているわけではなく
活発な心の働きが触発するのが一番よいのだ

機神:生まれ持った活動能力。
触発:自分の素性。

後集_091


白氏云
不如放身心
冥然任天造
晁氏云
不如収身心凝然帰寂定
放者流為猖狂
収者入於枯寂唯善操身心的
欛柄在手
収放自如
白氏云う
「しかず身心を放って
冥然として天造に任せんには」
晁氏云う
「しかず身心を収めて凝然として寂定に帰せんには」
放は流れて猖狂となり
収は枯寂に入るただよく身心を操るものは
欛柄手にあり
収放自如たり
白居易が言った
心身を解き放ち
ただぼんやりと自然に身を任せよう
晁補之が言った
心身を引き締め
ただじっと瞑想しよう
とはいえ、身を任せすぎれば遊蕩に流れやすいし
引き締めすぎれば、ひからびてしまう
心身を程よく保ち
主体性を保ってこそ、自在に生きられる

欛:は

後集_092


当雪夜月天
心境便爾澄徹
遇春風和気
意界亦自沖融
造化人心
混合無間
雪夜月天に当たっては
心境すなわちしかく澄徹し
春風和気に遇えば
意界もまたおのずから沖融す
造化人心
混合間なし
雪が降りしきった後の明月がかかった夜には
人の心は澄み通る
春風が穏やかな季節を運んでくると
人の心はなごむ
自然と人の心は本来
一つに溶け合っているのだ

後集_093


文以拙進
道以拙成
一拙字
有無限意味如
桃源犬吠
桑間鶏鳴
何等淳龐
至於寒潭之月
古木之鴉
工巧中
便覚有衰颯気象矣
文は拙をもって進み
道は拙をもって成る
一の拙の字
無限の意味あり
桃源犬吠え
桑間鶏鳴くがごときは
なんらの淳ろうぞ
寒潭の月
古木の鴉に至っては
工巧のうち
すなわち衰颯の気象あるを覚ゆ
文章は拙さを守ると進歩し
道は拙さを守ると成就する
この「拙い」という字には
限りない意味がある
「桃の花咲く里村で犬が吠え
桑畑で鶏が鳴く」というのは
なんと素直で味わいがあるではないか
「冷たい池の月
枯れ枝の烏」というのは
巧さの中に生気のない趣がある

龐:ろう

後集_094


以我転物者
得固不喜
失亦不憂
大地尽属逍遥
以物役我者
逆固生憎
順亦生愛
一毛便生纏縛
われをもって物を転ずるは
得ももとより喜ばず
失もまた憂えず
大地ことごとく逍遥に属す
物をもってわれを役するは
逆はもとより憎を生じ
順もまた愛を生じ
一毛もすなわち纒縛を生ず
自分が物を動かす場合は
成功しても 少しも喜ばず
失敗しても 気にかけない
大地ほどのものでも とらわれない
他人が私を使役する場合は
うまくいかないともちろん憎しみをおぼえ
うまくいっても愛着をおぼえる
毛筋ほどの物にも束縛される

逍遥:散歩すること。

後集_095


理寂則事寂
遺事執理者
以去影留形
心空則境空
去境在心者
如聚羶却蚋
理寂なればすなわち事寂なり
事を遺って理を執るは
影を去って形を留むるに似たり
心空なればすなわち境空なり
境を去って心を在するは
羶を聚めて蚋を却くるがごとし
本体としての理が静寂であれば 現象としての事も静寂である
事を捨てて 理に執着する者は
影を取り去って形を残そうとするようなものである
主体者である心が空であれば
主体者を取り巻く外境も空である
外境を捨て去って主体者だけを存在せしめようとするのは
生くさい肉を集めておいて蚊やぶよを追い払うようなものである

後集_096


幽人清事総在自適
故酒以不勧為歓
棋以不浄為勝
笛以無腔為適
琴以無絃為高
会以不期約為真率
客以不迎送為坦夷
若一牽文泥迹
便落塵世苦海矣
幽人の清事はすべて自適にあり
ゆえに酒は勧めざるをもって歓となし
棋は争わざるをもって勝となし
笛は無腔をもって適となし
琴は無絃をもって高しとなし
会は期約せざるをもって真率となし
客は迎送せざるをもって坦夷となす
もしひとたび文に牽かれ迹に泥まば
すなわち塵世苦海に落ちん
山人の風流ごとは すべて我が心にかなうことにある
だから酒は勧めないことを歓びとし
碁は争わないことが優れている
笛は音律のないことが楽しく
琴は無絃のものが高尚で
会合は日取りを決めないことが率直であり
お客は送り迎えしないのが気楽である
もし礼儀にこだわり慣例にとらわれると
俗世の苦海に陥落する

後集_097


試思未生之前
有何象貌
又思既死之後
作何景色
則万念灰冷
一性寂然
自可超物外
遊象先
試みにいまだ生ぜざるの前に
なんの象貌あるかを思い
またすでに死するの後に
なんの景色をなすかを思わば
すなわち万念灰冷
一性寂然
おのずから物外に超え
象先に遊ぶべし
試みに生まれる前に
どんな姿をしていたかを考え
さらに すでに死んだ後に
どのようなありさまになるかを考えたならば
諸々の思いは火の消えた灰のように冷えてしまい
本性のみが本来の面目のままにあって
俗世をこえて真実の世界に遊ぶことができる

後集_098


遇病而後思強之為宝
処乱而後思平之為福
非蚤智也
倖福而知其為禍之本
貪生而先知其為死之因
其卓見乎
やまいにあいてのちに きょうのたからたることをおもう
らんにおりてのちに へいのふくたるをしる
そうちにあらざるなり
福を倖うて、その禍いのもとたるを知り
生を貪りて、まずその死の因たるを知るは
それ卓見か
病気になってから健康が宝物であったことに気づくように
世の中が乱れた後で平和のありがたさがわかる
それでは遅い
幸福を願いながら まずそれが禍のもとであることをわきまえ
長生きを願いながら まずそれが死を招く原因であることをわきまえる
これこそ卓見である

貪生:長生きを願うこと。

後集_099


優人傅粉調硃
効妍醜於毫端
俄而歌残場罷
妍醜何在
弈者争先競後
較雌雄於着子
俄而局尽子収
雌雄安在
優人粉を傅けしゃを調え
研醜を毫端に効すも
にわかにして歌残し場罷めば
研醜なんぞ在せん
弈は先を争い後を競い
雌雄を着子に較ぶるも
にわかにして局尽き子収むれば
雌雄いずくにかあらん
俳優は白粉をつけ紅をつけることで
美しい役にも醜い役にもなる
だが幕が下りてしまえば
美女や醜女はどこにいようか
碁打ちは一手一手を争い勝負を競うが
対局が終わり碁石を片づけた後は
勝敗はどこにあろうか

硃:しゃ
弈:えき

後集_100


風花之瀟洒
雪月之空清
唯静者為之主
水木之栄枯
竹石之消長
独亮堊狢狂
風花の瀟洒
雪月の空清
ただ静者これが主となり
水木の栄枯
竹石の消長
ひとり亮圓修慮△鯀爐
風や花のさっぱりと綺麗なさま
雪や月のすがすがしさは
ただ静かな心の持ち主だけが鑑賞できる
水の流れや木の栄枯
竹や石の盛衰は
独りのどかな心の持ち主だけが自由に楽しめる


菜根譚の全文紹介(漢文、ひらがな読みの文章、現代の訳)
菜根譚 前集 001-050条 |  菜根譚 前集 051-100条 |  菜根譚 前集 101-150条 |  菜根譚 前集 151-200条 |  菜根譚 前集 201-225条
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